「車出し」問題の本質──部活動・少年団の送迎負担を根本から考える
「今週末も車出しの当番だ…」 「他の子を乗せて事故を起こしたらと思うと、怖くて仕方がない」
部活動や少年団で当たり前のように行われている保護者の「車出し」。練習場所や試合会場への子どもたちの送迎を、保護者が自家用車で行うこの慣行は、日本のジュニアスポーツを支える「見えないインフラ」です。
しかしその裏には、不公平な負担、深刻な事故リスク、曖昧な法的責任という問題が潜んでいます。
笹川スポーツ財団の2021年調査によると、子どものスポーツ活動に関わる母親の89.2%が送迎に関与しており、送迎に負担を感じている母親は 66.7% に上ります。「車出し」は、保護者の善意とボランティア精神に依存した、持続可能とは言い難い仕組みなのです。
この記事では、「車出し」問題の本質を多角的に分析し、より安全で公平な代替策を考えます。
「車出し」の実態
なぜ車出しが必要になるのか
部活動や少年団の活動では、練習場所や試合会場が子どもだけでは行けない場所にあることが少なくありません。
- 練習会場が学校から離れている(地域移行後のクラブ活動では特に顕著)
- 試合や大会が他市町村で開催される
- 公共交通機関が不便な地域(特に地方)
- 大量の道具や機材の運搬が必要
スポーツ庁の「地域スポーツクラブ活動についての実態調査」(令和6年度)でも、地域移行を進める上での課題として「移動手段の確保」が挙げられています。公共交通が整備されていない地域では、保護者の自家用車以外に選択肢がないのが現実です。
車出しの負担はどれくらいか
車出しの負担は、単なる「運転」にとどまりません。
時間的負担:
- 往復の運転時間(片道30分〜1時間以上のことも)
- 子どもの活動中の待ち時間
- 他の子どもの集合・解散の調整時間
- 休日がまるごと潰れるケースも珍しくない
経済的負担:
- ガソリン代
- 高速道路料金
- 駐車場代
- 車両の消耗(走行距離の増加による車検・メンテナンス費用)
精神的負担:
- 他人の子どもを乗せることへの緊張感
- 事故への不安
- 当番の調整にかかるコミュニケーションコスト
- 「断れない」プレッシャー
笹川スポーツ財団の調査では、送迎に関する母親の負担感が 66.7% と最も高い数値を示しています。車出しは、保護者の時間・お金・精神のすべてに負荷をかける総合的な負担なのです。
車を持たない家庭の苦しさ
車出しの問題は、車を所有している家庭だけの問題ではありません。
都市部では車を持たない家庭も多く、こうした家庭は常に「乗せてもらう側」になります。
- 毎回お願いすることへの申し訳なさ
- お礼(ガソリン代、菓子折りなど)の出費
- 「車出しができない=貢献していない」という負い目
- 最悪の場合、車出しができないことを理由に子どもの活動を諦める
国土交通省の「自動車保有台数統計」(2024年)によると、全国の世帯あたりの自動車保有台数は平均1.02台ですが、東京都では0.42台にとどまります。車出しを前提とした運営は、地域や家庭の事情を考慮しない不公平な仕組みなのです。
車出しの最大のリスク:事故と法的責任
他人の子どもを乗せて事故が起きたら
車出しにおける最も深刻な問題は、事故が起きたときの法的責任です。
自動車事故の法的責任は、主に以下の法律で規定されています。
- 民法709条(不法行為責任):過失により他人に損害を与えた場合の賠償責任
- 自動車損害賠償保障法(自賠法)3条:運行供用者としての賠償責任
保護者が善意で他人の子どもを送迎し、その途中で事故が起きた場合、運転者である保護者が損害賠償責任を負うことになります。
想定されるケースと責任の所在
具体的なケースを考えてみましょう。
ケース1:交通事故で同乗の子どもがケガをした場合 運転者(保護者)の過失があれば、治療費、慰謝料、後遺障害が残った場合の逸失利益などの賠償責任を負います。自賠責保険では傷害の限度額は120万円、後遺障害は等級により75万〜4,000万円、死亡は3,000万円が上限です。これを超える部分は任意保険や個人の資産で対応しなければなりません。
ケース2:車内での子ども同士のトラブルやケガ 運転中に子ども同士がふざけてケガをした場合、監督義務の観点から運転者の責任が問われる可能性があります。
ケース3:駐車場での事故 集合場所や会場の駐車場での事故も珍しくありません。子どもが車から降りる際のドアの開閉事故や、駐車場内での接触事故などが考えられます。
保険の「落とし穴」
「任意保険に入っているから大丈夫」と思っている方は多いでしょう。しかし、いくつかの注意点があります。
対人賠償保険: 自動車保険の対人賠償は、一般的に「他人」に対する賠償を対象としています。保険約款上の「他人」の定義によっては、家族は対象外になるケースがあります。一方、同乗する他の家庭の子どもは「他人」に該当するため、対人賠償の対象にはなります。
搭乗者傷害保険・人身傷害保険: 同乗者のケガを補償する保険です。加入している場合は、車出しで乗せた他人の子どものケガも補償対象になります。ただし、保険料や補償内容は契約によって異なるため、確認が必要です。
使用目的の申告: 自動車保険の契約時に「使用目的」を申告します。「日常・レジャー使用」で契約している場合、頻繁な車出しが「業務使用に該当するのでは」と判断されるリスクはゼロではありません。保険会社に確認しておくことが望ましいでしょう。
団体としてのスポーツ安全保険: 公益財団法人スポーツ安全協会が提供する「スポーツ安全保険」は、多くの少年団やクラブが加入しています。この保険には「傷害保険」と「賠償責任保険」が含まれますが、自動車事故は賠償責任保険の対象外とされているのが一般的です。つまり、スポーツ安全保険に入っていても、車出し中の事故は補償されない可能性が高いのです。
団体(チーム)の責任
車出しを「当番」として組織的に運営している場合、事故が起きたときに団体の管理責任が問われる可能性もあります。
- 車出しのルールや安全基準を設けていたか
- 運転者の適性を確認していたか
- 保険の加入状況を把握していたか
こうした管理体制が不十分な場合、団体の代表者やコーチの**注意義務違反(安全配慮義務違反)**が問われる余地があります。
車出しが「当たり前」になる構造
「誰かがやらなければ」の連鎖
車出しが続く理由は、当番制全般に通じる構造的な問題です。
- 前例踏襲:「ずっとこうやってきた」
- 代替手段の不在:他に方法がない
- 善意の強制:「子どものためだから」と断れない空気
- 不均等な負担の放置:車を持っている人、時間がある人に偏る
特に少年団では、保護者の運営参加が前提の組織構造になっていることが多く、車出しを「当然の義務」として受け入れるよう求められがちです。
声を上げにくい理由
車出しに対する不満を持つ保護者は少なくありません。しかし、声を上げにくい理由があります。
- 「子どもが不利益を被るのでは」という不安
- 「自分だけ嫌がっていると思われたくない」
- 「あと数年で卒業だから我慢しよう」
- 車出しをしてくれている人への遠慮
こうして全員が内心では負担を感じながら、誰も言い出せないという状況が続くのです。
車出しの負担を減らすための具体策
1. 送迎の実態を「見える化」する
まずは、現状の送迎負担を客観的なデータにしましょう。
- 年間の送迎回数と延べ時間
- 保護者ごとの負担の偏り
- ガソリン代・高速代の概算
- 送迎が必要な距離と頻度
数字にすることで、「なんとなく大変」が「具体的にこれだけの負担」として共有でき、見直しの議論が始めやすくなります。
2. ガソリン代の費用分担を制度化する
車出しをしている保護者への経済的な補填を仕組みとして設けましょう。
- 1kmあたり〇円のガソリン代を、チームの会費から支給する
- 高速道路代は実費精算する
- 月額定額の「送迎手当」を設ける
「善意のボランティア」に頼る限り、負担の不公平は解消されません。費用を「見える化」し、公平に分担する仕組みが必要です。
3. 貸切バス・マイクロバスの利用を検討する
試合や遠征には、貸切バスやマイクロバスの利用が有効です。
- 安全性が高い(プロのドライバーが運転)
- 保護者の運転負担がなくなる
- 事故時の責任がバス会社側になる
- 子どもたちが一緒に移動することでチームの一体感も生まれる
費用は一見高く感じますが、複数家庭のガソリン代・高速代・保護者の拘束時間を合算すれば、意外と大きな差がないケースもあります。
4. 相乗りの仕組みと活動場所の見直し
毎回同じ保護者が車出しをするのではなく、ローテーションと相乗りの仕組みを整備しましょう。方面別に相乗りグループを編成し、車を出せない家庭は別の形(事務作業、会計など)で貢献する方式が有効です。
根本的な解決策として、活動場所そのものの見直しも検討に値します。学校や最寄りの公共施設で練習できないか、公共交通機関でアクセスしやすい会場を優先できないか。スポーツ庁のガイドライン(令和4年)でも、活動場所については「生徒の移動にかかる負担に配慮する」ことが求められています。
5. 地域移行を「送迎問題」解決の契機にする
部活動の地域移行は、送迎問題を見直す好機でもあります。
スポーツ庁の同ガイドラインでは、地域クラブ活動の運営において「参加費の設定や会費の徴収」を行い、持続可能な運営体制を構築することが示されています。つまり、ボランティアではなく適正な対価を伴う運営への移行が期待されているのです。
地域のスポーツクラブとして運営されるなら、送迎についても以下のような選択肢が生まれます。
- 送迎バスの運行(会費に含める)
- 送迎を担う有償スタッフの配置
- 地域の交通事業者との連携
安全な送迎のために最低限やるべきこと
車出しをすぐにやめられない場合でも、以下の対策は今日からでも実行できます。
チームとして
- 全保護者の自動車保険の加入状況を確認する(対人無制限が望ましい)
- 車出しに関する同意書を保護者から取得する(事故時の責任範囲を明確化)
- チャイルドシートの使用ルールを定める(6歳未満は道路交通法で義務)
- 1台あたりの乗車人数の上限を守る(定員オーバーは違反)
- 運転者の飲酒チェックを徹底する
- スポーツ安全保険だけでなく、自動車事故をカバーする追加保険の検討
運転する保護者として
- 自分の任意保険の補償内容を再確認する
- 搭乗者傷害保険・人身傷害保険に加入しているか確認する
- 運転中は子どもにシートベルトの着用を徹底させる
- 無理なスケジュール(疲労状態での長距離運転)を避ける
- 不安がある場合は正直に断る勇気を持つ
まとめ
「車出し」は、日本のジュニアスポーツを長年支えてきた保護者の善意の仕組みです。しかし、その善意に甘え続けることは、保護者の負担を放置し、重大なリスクを見過ごすことにほかなりません。
車出し問題の本質:
- 送迎に関わる母親の89.2%が関与、66.7%が負担を感じている
- 事故時の法的責任は運転者(保護者)が負う
- スポーツ安全保険では自動車事故が補償されない可能性がある
- 車を持たない家庭にとっては活動参加の障壁になる
- 善意とボランティアに依存した持続不可能な仕組みである
今後に向けてできること:
- 送迎の負担を「見える化」し、費用分担を制度化する
- 貸切バスや相乗りの仕組みなど、代替手段を検討する
- 活動場所を見直し、移動の負担そのものを減らす
- 車出しに関する同意書・保険確認を制度化する
- 地域移行を契機に、送迎の仕組みを根本から再設計する
「子どものためだから」という善意は尊いものです。しかし、その善意が特定の保護者への過度な負担や重大事故のリスクの上に成り立っているなら、仕組みそのものを見直す時期に来ています。
参考資料: