人生の幸福度を決めるのは「つながり」だった──科学が証明する人間関係の力
お金、地位、学歴──人生で本当に幸せを感じるために、最も大切なものは何でしょうか?
この問いに対して、85年以上にわたる世界最長の追跡研究が明確な答えを示しています。それは、私たちの「人とのつながり」です。
近年、ウェルビーイング(well-being)という言葉が広まり、「幸福」を科学的に研究する動きが世界中で加速しています。そして、その研究結果が一貫して指し示すのは、人間関係の質こそが人生の幸福度を左右する最大の要因であるという事実です。
この記事では、世界的な研究データをもとに「つながり」と幸福度の関係を紐解き、子どもたちの部活動やスポーツクラブでの経験が、生涯にわたる幸せの土台となる理由を考えていきます。
ハーバード大学「成人発達研究」が示した答え
世界最長の幸福研究とは
ハーバード大学の「成人発達研究(Harvard Study of Adult Development)」は、1938年に始まった世界最長の幸福に関する縦断研究です。
当初ハーバード大学の男子学生268名と、ボストンの貧困地域の少年456名の計724名を対象に開始されたこの研究は、現在ではその子ども・孫の世代まで含めた1,300人以上を追跡しています。
研究では、参加者の健康状態、仕事、家庭環境、人間関係、生活満足度などを2年ごとに調査。血液検査や脳スキャンなども実施し、何が人を健康で幸せにするのかを多角的に分析してきました。
幸福の最大の予測因子は「人間関係」
85年以上のデータから導き出された結論は、驚くほどシンプルなものでした。
現在の研究責任者であるロバート・ウォールディンガー教授は、この研究成果を次のように要約しています。
「人生を幸福にするのは、富でも名声でもなく、良い人間関係である」
この研究から得られた主要な知見は以下の通りです。
- 社会的なつながりが豊かな人は、身体的にも精神的にも健康で、長生きする
- 孤独は有害である──孤立した生活を送る人は、健康状態の悪化が早く、脳機能の低下も早い
- 人間関係は「数」ではなく「質」が重要──たとえ少数でも、信頼できる深い関係がある人ほど幸福度が高い
- 50歳時点の人間関係の満足度が、80歳時点の健康状態を最もよく予測する
つまり、中年期に良い人間関係を築けているかどうかが、老後の健康と幸福の最も強力な予測因子だったのです。
「つながり」は身体の健康にも影響する
この研究は、人間関係の質が身体的な健康にも直接影響することを示しました。
50歳時点で最も幸せな人間関係を持っていた人たちは、80歳になっても最も健康でした。一方、孤独な生活を送っていた人たちは、慢性的な痛みの増加、心臓病のリスク上昇、認知機能の早期低下が見られました。
ウォールディンガー教授のTEDトーク「What makes a good life? Lessons from the longest study on happiness」は、4,000万回以上再生され、世界中で大きな反響を呼んでいます。
孤独がもたらす健康リスク
「現代の疫病」と呼ばれる孤独
つながりの重要性は、その「不在」──すなわち孤独の研究からも裏付けられています。
2023年、アメリカの公衆衛生局長官ヴィヴェック・マーシー氏は、孤独を「現代の疫病(epidemic)」と宣言する勧告を発表しました。この勧告では、孤独と社会的孤立がもたらす健康リスクについて、以下のようなデータが示されています。
| 健康リスク | 孤独による影響 |
|---|---|
| 早期死亡リスク | 1日15本の喫煙に匹敵する影響 |
| 心臓病リスク | 29% 増加 |
| 脳卒中リスク | 32% 増加 |
| 認知症リスク | 50% 増加 |
| うつ病リスク | 有意に増加 |
社会的つながりの欠如は、肥満やアルコール依存と同等以上の健康リスクがあるとされています。
日本の孤独・孤立問題
日本においても、孤独・孤立は深刻な社会課題となっています。
内閣官房の「人々のつながりに関する基礎調査」(令和5年度)によると、孤独感が「しばしばある・常にある」と回答した人の割合は全体の約4.4%、「時々ある」まで含めると約40% に上ります。
特に注目すべきは、若年層の孤独感が高い傾向です。同調査では、20代・30代の孤独感が他の年代と比較して高い水準にあることが示されています。
日本政府は2021年に世界で初めて「孤独・孤立対策担当大臣」を設置し、2024年4月には「孤独・孤立対策推進法」が施行されるなど、国を挙げた対策が進められています。
幸福の科学──「つながり」を支える研究知見
ポジティブ心理学が示す幸福の要素
心理学者マーティン・セリグマンが提唱するPERMA理論は、人間の持続的な幸福(ウェルビーイング)を構成する5つの要素を示しています。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| Positive Emotion(ポジティブ感情) | 喜び、感謝、安心などの肯定的な感情 |
| Engagement(没頭) | 活動に夢中になり、フロー状態を体験すること |
| Relationships(人間関係) | 良質な人間関係を持つこと |
| Meaning(意味・意義) | 人生に意味や目的を感じること |
| Accomplishment(達成) | 目標を達成し、成長を実感すること |
注目すべきは、5つの要素のうち 「Relationships(人間関係)」が独立した要素 として位置づけられている点です。さらに、ポジティブ感情や意味・達成感も、多くの場合他者との関わりの中で生まれるものです。
幸福の構成要素のほぼすべてが、人とのつながりに関連しているといえます。
オキシトシンと「つながり」の生物学
人とのつながりが幸福感をもたらす仕組みには、生物学的な基盤もあります。
信頼できる人との交流やスキンシップ、チームでの協力行動は、脳内で「オキシトシン」というホルモンの分泌を促します。オキシトシンは「絆ホルモン」「愛情ホルモン」とも呼ばれ、以下のような効果があるとされています。
- ストレスホルモン(コルチゾール)の抑制
- 不安感の軽減
- 信頼感・安心感の増加
- 社会的な絆の強化
つまり、人とのつながりが幸福感をもたらすのは、単なる心理的な効果だけでなく、脳の生理的な反応としても裏付けられているのです。
青年期の「つながり」が人生を形づくる
思春期は人間関係の「感受期」
子どもの発達研究において、思春期は人間関係の形成にとって特に重要な時期とされています。
発達心理学者エリク・エリクソンの理論では、思春期(12〜18歳)は「アイデンティティの確立」の時期であると同時に、その後の発達段階である「親密性の獲得」の基盤を築く時期でもあります。
この時期に経験する人間関係は、大人になってからの対人関係のパターンに大きな影響を与えます。
- 信頼できる仲間関係を経験した子どもは、大人になっても健全な人間関係を築きやすい
- チームでの協力体験は、社会に出てからの協働能力の基盤となる
- 困難を共に乗り越えた経験は、レジリエンス(逆境を乗り越える力) を高める
「弱いつながり」の強さ
社会学者マーク・グラノヴェッターの「弱い紐帯の強さ(The Strength of Weak Ties)」理論は、親しい友人だけでなく、ゆるやかなつながりにも大きな価値があることを示しています。
家族や親友のような「強いつながり」は精神的な支えになりますが、新しい情報や機会は、むしろ知り合い程度の「弱いつながり」からもたらされることが多いのです。
部活動やスポーツクラブは、まさにこの多層的なつながりを生み出す場です。
- 強いつながり:一緒に練習や試合を重ねるチームメイト
- 弱いつながり:大会で出会う他校の選手、保護者のネットワーク、指導者のつながり
こうした多層的なネットワークを持つことが、将来の人生における選択肢や可能性を広げることにつながります。
部活動・スポーツクラブが育む「幸福の土台」
「つながり」を育む5つの要素
部活動やスポーツクラブには、幸福な人間関係を育むための条件が自然と備わっています。
1. 継続的な接触
心理学でいう「単純接触効果」──繰り返し会う人に対して好意が増すという効果が、部活動では自然に働きます。週に何度も顔を合わせ、一緒に活動する中で、信頼関係が少しずつ積み重なっていきます。
2. 共通の目標
「大会で勝ちたい」「もっとうまくなりたい」という共通の目標は、協力関係を生み出し、つながりを深めます。ハーバード大学の研究でも、共通の目的を持つ関係がより強い絆を生むことが示されています。
3. 感情の共有
試合での勝利の喜び、敗北の悔しさ、練習のつらさ──これらの感情を共有する体験は、表面的なつながりを深い信頼関係へと変えていきます。
感情の共有は、オキシトシンの分泌を促進し、脳レベルでの絆の形成を強化します。
4. 役割と貢献
チームの中で自分の役割があり、自分の行動がチームに貢献しているという実感は、自己効力感と帰属意識を高めます。
「自分がいなくても変わらない」ではなく、「自分がいることでチームが良くなる」という感覚が、つながりの質を高めるのです。
5. 困難の共有
ハーバード大学の成人発達研究では、困難を共に乗り越えた経験を持つ人間関係ほど、満足度が高い傾向が見られました。
厳しい練習、プレッシャーのかかる試合、メンバー間の意見対立──こうした困難を一緒に経験し、乗り越えることが、生涯にわたる信頼関係の基盤を築きます。
部活動の「つながり」は卒業後も続く
部活動で築いた人間関係は、卒業後も長く続くことが多いとされています。
ベネッセ教育総合研究所の調査では、大人が振り返ったときに「学校時代で最も印象に残っている経験」として、部活動を挙げる人が非常に多いことが報告されています。
部活動の仲間は、社会人になってからも以下のような形で人生を支える存在であり続けます。
- 仕事や人生の悩みを相談できる信頼関係
- 同窓会やOB・OG会を通じた継続的なつながり
- 子育て世代になってからの情報交換や助け合い
50歳時点の人間関係が80歳の健康を予測するというハーバードの研究知見を踏まえれば、青年期に良質なつながりを経験することの価値は計り知れません。
子どもの「つながり力」を育てるために
保護者ができること
子どもが豊かなつながりを育むために、保護者にできることがあります。
1. 「つながりの場」への参加を後押しする
部活動やスポーツクラブ、地域活動など、同世代の仲間と定期的に関われる場への参加を支援しましょう。重要なのは、子ども自身が「やりたい」と思える活動であること。興味関心に基づいた活動への参加が、自然で持続的なつながりを生みます。
2. 家庭でのつながりを大切にする
ハーバードの研究は、家族との関係も幸福度に大きく影響することを示しています。
- 食事の時間に会話を楽しむ
- 子どもの活動に関心を持ち、話を聞く
- 感情を共有し、共感する姿勢を見せる
家庭での安定したつながりが、子どもが外の世界で新しいつながりを築く「安全基地」になります。
3. 人間関係の「質」を重視する姿勢を見せる
SNSのフォロワー数や友達の多さではなく、信頼できる関係の大切さを日頃から伝えましょう。ハーバードの研究が示すように、人間関係で重要なのは数ではなく質です。
指導者・コーチができること
1. 心理的安全性のある環境づくり
子どもたちが安心してつながりを築けるよう、失敗を責めず、挑戦を認める環境を整えましょう。Googleのプロジェクト・アリストテレスの研究結果が示すように、心理的安全性は良いチーム(良いつながり)の最も重要な基盤です。
2. 協力を促す活動の設計
個人の技術向上だけでなく、チームで協力する機会を意図的に設けましょう。ペア練習、グループワーク、チームビルディング活動は、自然なつながりの形成を促します。
3. 感情を表現できる場づくり
試合後のミーティングや振り返りの時間に、感情を言語化する機会を設けることで、チームメイト間の相互理解と信頼が深まります。
デジタル時代の「つながり」を考える
SNSとリアルなつながりの違い
SNSの普及により、私たちは以前よりも多くの人と「つながって」いるように見えます。しかし、研究はSNS上のつながりと対面でのつながりには質的な違いがあることを示しています。
内閣官房の調査(令和5年度)では、SNSの利用時間が長い人ほど孤独感が高いという傾向が報告されています。
| つながりの種類 | 特徴 |
|---|---|
| 対面のつながり | 感情の共有が深い、非言語コミュニケーションがある、オキシトシンが分泌されやすい |
| SNS上のつながり | 広範囲に広がる、表面的になりやすい、比較や嫉妬を生みやすい |
これは「SNSが悪い」ということではありません。重要なのは、対面でのリアルなつながりを基盤に持つことです。
部活動やスポーツクラブでの活動は、デジタルでは代替できない「リアルなつながり」を経験する貴重な機会です。一緒に汗を流し、感情を共有し、身体的な存在として互いを認め合う──こうした経験が、デジタル時代だからこそ一層重要になっています。
テクノロジーを「つながりの味方」に
テクノロジーは、つながりを代替するものではなく、つながりを支えるものとして活用することが大切です。
- スケジュールや連絡の共有で活動参加のハードルを下げる
- 写真や動画の共有で思い出を振り返る機会をつくる
- 出欠連絡の効率化で指導者・保護者の負担を減らす
対面でのつながりを大切にしながら、テクノロジーを補助的に活用することで、コミュニティのつながりをより強くすることができます。
まとめ
85年以上にわたるハーバード大学の研究が示した答えは明確です。
人生の幸福度を最も左右するのは、お金でも地位でもなく、「人とのつながり」である。
そして、そのつながりの質は、青年期の経験に大きく影響されます。
研究が示す「つながり」の力:
- 良い人間関係を持つ人は、身体的にも精神的にも健康で長生きする
- 孤独は喫煙に匹敵する健康リスクをもたらす
- 幸福に必要なのは、つながりの「数」ではなく「質」
- 50歳の人間関係が、80歳の健康を予測する
- 困難を共に乗り越えた関係ほど、満足度が高い
部活動・スポーツクラブが果たす役割:
- 継続的な接触、共通の目標、感情の共有を通じた深いつながりの形成
- 対面での活動を通じたリアルなつながりの経験
- 卒業後も続く生涯にわたる人間関係の基盤づくり
子どもたちが部活動やスポーツクラブで経験するつながりは、単なる「学生時代の思い出」ではありません。それは、人生の幸福度を高める、かけがえのない土台です。
一つひとつの練習、一つひとつの試合、日々の何気ないやりとり──その積み重ねが、子どもたちの未来を、より豊かで幸せなものにしていくのです。
参考資料:
- Harvard Study of Adult Development|Harvard Medical School
- What makes a good life? Lessons from the longest study on happiness|TED(Robert Waldinger)
- Our Epidemic of Loneliness and Isolation(2023)|U.S. Surgeon General
- 人々のつながりに関する基礎調査(令和5年度)|内閣官房 孤独・孤立対策担当室
- 孤独・孤立対策推進法(令和5年法律第45号)|内閣官房
- PERMA理論|Positive Psychology Center, University of Pennsylvania
- The Strength of Weak Ties(1973)|Mark S. Granovetter, American Journal of Sociology
- 子供・若者の意識に関する調査(令和4年度)|内閣府