大人こそ「チーム」が必要──習い事・地域クラブが育むコミュニティの力
社会人になってから、「何か新しいことを始めたい」と思ったことはありませんか?
学生時代には部活動やサークルを通じて自然と仲間ができていたのに、大人になると同じ目標を共有できるコミュニティに出会う機会は驚くほど少なくなります。
いま、部活動の地域移行(地域展開)が進む中で、地域スポーツクラブや社会人サークルといった「大人のクラブ活動」が新しい意味を持ち始めています。そしてそれは、単なる趣味の場にとどまらず、私たちの健康と幸福を支えるコミュニティとしての役割を担っています。
この記事では、調査データや研究成果をもとに、大人の習い事・地域クラブ活動がもたらすコミュニティの力について考えていきます。
大人にこそ「居場所」が必要な理由
働く世代に広がる孤独
「孤独」は高齢者だけの問題ではありません。
内閣府の「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」(令和6年実施)によると、孤独感が高い層は20代・30代に集中しており、特に男性は30〜40代、女性は20〜30代で孤独感が高い傾向が示されています。
令和5年の同調査では、孤独感が「しばしばある・常にある」と回答した人は全体の約4.8%、「時々ある」まで含めると 約20% に上ります。
つまり、5人に1人が日常的に孤独を感じているのです。
孤独がもたらす深刻な健康リスク
前回の記事でも触れましたが、2023年にアメリカの公衆衛生局長官は孤独を「現代の疫病」と宣言しました。孤独による早期死亡リスクは1日15本の喫煙に匹敵し、心臓病リスクの29%増加、認知症リスクの50%増加など、深刻な健康被害をもたらします。
日本政府も2021年に「孤独・孤立対策担当大臣」を設置し、2024年4月には「孤独・孤立対策推進法」が施行されるなど、国を挙げた対策が進められています。
社会人にとっての「第三の居場所」
職場でも家庭でもない「第三の居場所(サードプレイス)」──これが、大人にとっての習い事や地域クラブ活動です。
学生時代には、学校と部活動が自然とこの役割を果たしていました。しかし社会人になると、意識的に行動しなければ職場と家庭の往復だけの生活に陥りやすくなります。
習い事や地域クラブは、利害関係のない仲間と出会い、ありのままの自分でいられる場を提供してくれます。
地域移行が開く「生涯スポーツ」の扉
部活動の地域移行とは
2026年度から本格化する部活動の地域移行(地域展開)は、学校の教員が担ってきた部活動の指導を、地域のスポーツクラブや団体、外部指導者に移していく改革です。
この改革は、教員の働き方改革や少子化への対応として進められていますが、その先にはもっと大きなビジョンがあります。
「引退して終わり」から「生涯を通じて」へ
元スポーツ庁長官の室伏広治氏は、次のように述べています。
「子供たちが部活動を数年やって燃え尽きて引退するのではなく、生涯を通してスポーツに親しむ環境を作り、メンタリティも育まなければいけない」
地域移行の本質的な目的は、学校という枠組みを超えて、子どもから大人まで誰もがスポーツや文化活動に親しめる環境をつくることにあります。
総合型地域スポーツクラブという受け皿
こうした「生涯スポーツ」の実現を目指す仕組みの一つが、総合型地域スポーツクラブです。
スポーツ庁の調査(令和5年度)によると、全国に3,581クラブが存在し、1,741市町村中1,325市区町村で活動が行われています。
総合型地域スポーツクラブの特徴は以下の通りです。
- 多世代が参加できる(子どもから高齢者まで)
- 多種目の活動がある(一つのスポーツに限らない)
- 多志向に対応する(競技志向から健康志向まで)
部活動の地域移行により、こうした地域クラブが活性化すれば、子どもたちが大人になっても同じコミュニティでスポーツを続けられる──そんな環境が生まれる可能性があります。
ヨーロッパに学ぶ「クラブ文化」
ドイツでは、地域のスポーツクラブ(Sportverein)が約8万7,000団体あり、国民の約3人に1人がクラブに所属しています。子どもから高齢者まで、地域のクラブでスポーツを楽しむ文化が根付いています。
日本の部活動の地域移行は、こうしたヨーロッパ型のクラブ文化に近づく第一歩とも言えます。
大人の習い事・スポーツの現状
スポーツ実施率の理想と現実
スポーツ庁の「スポーツの実施状況等に関する世論調査」(令和6年度)によると、20歳以上の週1日以上のスポーツ実施率は 52.5% です。
一方で、週1日以上スポーツをしたいと考えている人は 66.6% に上ります。
| 項目 | 割合 |
|---|---|
| 週1日以上の実施率 | 52.5% |
| 週1日以上実施したい人 | 66.6% |
| 理想と現実の差 | 14.1ポイント |
「やりたいのにできていない」人が多くいるのです。その理由の多くは「時間がない」「きっかけがない」──つまり、環境や仲間の不足が大きな壁になっています。
興味深いのは、勤務先で運動・スポーツの取り組みがある人の実施率は70.1% であるのに対し、取り組みがない人は46.3%にとどまるという点です。コミュニティや仕組みがあるかどうかが、行動に大きな差を生んでいます。
生涯学習への関心
内閣府の「生涯学習に関する世論調査」(令和4年)によると、生涯学習の理由として以下が挙げられています。
- 仕事に必要な知識・技能のため:53.5%
- 家庭や日常生活に生かすため:47.8%
- 人生を豊かにするため:45.8%
仕事のスキルアップだけでなく、人生の充実を求めて学ぶ大人が半数近くいることがわかります。
一方で、学習していない理由のトップは「特に必要がない」(45.5%)、次いで「きっかけがつかめない」(29.1%)です。ここでも、最初の一歩を踏み出すきっかけの重要性が浮かび上がっています。
習い事・地域クラブがもたらすコミュニティの力
スポーツ参加の多面的な効果
スポーツ庁の「スポーツが健康にもたらす効果等のエビデンスに関する調査研究」(令和5年度)では、スポーツ参加者が感じているプラスの効果として、以下のデータが示されています。
| 効果の側面 | プラスの効果を感じた割合 |
|---|---|
| 精神的側面(生活の充実感・ストレス解消) | 70.8% |
| 身体的側面(運動不足解消・健康維持増進) | 68.2% |
| 社会的側面(仲間づくり・生活圏拡大) | 63.2% |
注目すべきは、身体的な健康効果だけでなく、精神的な充実感と社会的なつながりに大きな効果を感じている人が多い点です。
「チーム」が大人を変える5つの理由
なぜ、大人にとって習い事や地域クラブのコミュニティが重要なのでしょうか。前回の記事で紹介したハーバード大学の成人発達研究や、PERMA理論の知見を踏まえて整理します。
1. 継続的な接触が信頼を生む
心理学の「単純接触効果」は、大人にも同じように働きます。毎週同じ曜日に同じ場所で顔を合わせる──この繰り返しが、職場とは異なる信頼関係を少しずつ積み重ねていきます。
習い事や地域クラブの定期的な活動は、大人に不足しがちな「継続的な接触の機会」を自然に提供してくれます。
2. 共通の目標が絆をつくる
「もっとうまくなりたい」「大会に出たい」「新しい技術を身につけたい」──共通の目標を持つことで、単なる知り合いが仲間に変わります。
ハーバード大学の研究でも、共通の目的を持つ関係がより強い絆を生むことが示されています。仕事上の利害関係がない分、純粋な目標の共有がより深いつながりにつながります。
3. 「弱いつながり」が人生を広げる
社会学者グラノヴェッターの「弱い紐帯の強さ」理論が示すように、ゆるやかなつながりにも大きな価値があります。
習い事や地域クラブで出会う人々は、普段の生活圏とは異なる背景を持っています。年齢も職業も違う仲間との交流は、新しい情報や視点、機会をもたらします。
4. 没頭(フロー)体験がストレスを癒す
PERMA理論の「Engagement(没頭)」──何かに夢中になる体験は、幸福感を大きく高めます。
スポーツや楽器、料理などの習い事は、日常の仕事や悩みから離れて「いまこの瞬間」に集中する時間を提供してくれます。そしてその体験を仲間と分かち合うことで、効果はさらに高まります。
5. 役割と貢献が自己効力感を高める
職場での役割は、評価や成果と結びついています。しかし習い事や地域クラブでは、純粋に「好き」という気持ちで参加している自分がいます。
チームのために声を出す、初心者に教える、運営を手伝う──こうした小さな貢献が、仕事とは異なる自己効力感をもたらします。
部活動の経験は大人の「つながり力」の基盤
学生時代に身につけた力が活きる
部活動やスポーツクラブで経験したチームでの協力、目標への努力、感情の共有は、大人になってからのコミュニティ参加にも直結します。
文部科学省の「運動部活動の在り方に関する調査研究報告書」(2013年)では、部活動を通じて「人間関係の形成にかかわる力」「協働する力」が育成されると述べられています。これらの力は、大人になってから新しいコミュニティに参加する際にもそのまま活きる力です。
子どもから大人まで──「つながり」の連続性
ハーバード大学の成人発達研究が示したように、50歳時点の人間関係の満足度が、80歳時点の健康状態を最もよく予測します。
つまり、つながりの力は年齢を問いません。学生時代の部活動で「チームの一員として頑張る経験」をした人が、大人になってからも地域クラブや習い事で新しいつながりを築いていく──この連続性こそが、生涯にわたる幸福の鍵なのです。
地域移行によって、学校の部活動と地域のスポーツクラブがシームレスにつながれば、子どもから大人まで途切れることのないコミュニティが実現する可能性があります。
「最初の一歩」を踏み出すために
きっかけは小さくていい
内閣府の調査で「きっかけがつかめない」が学習しない理由の2位に挙がっているように、多くの大人は始める勇気がないだけです。
最初の一歩は、思っているよりも小さくて大丈夫です。
- 地域の体験教室やワンデイレッスンに参加してみる
- 自治体の総合型地域スポーツクラブを調べてみる
- 職場の同僚や友人を誘って一緒に始める
- オンラインで気になる習い事の情報を集める
コミュニティ選びのポイント
長く続けられるコミュニティを選ぶためのポイントは、部活動選びと共通しています。
- 興味・関心に合っているか(「楽しい」と思えることが最も大切)
- 通いやすい場所・時間か(継続のためのハードルを下げる)
- 雰囲気が合うか(体験参加で確かめる)
- レベルが合うか(初心者歓迎かどうか)
大切なのは、競技のレベルではなく「居心地のよさ」です。自分が自然体でいられるコミュニティこそ、長く続き、深いつながりを育むことができます。
まとめ
大人になってからの習い事や地域クラブ活動は、単なる趣味の時間ではありません。それは、私たちの健康と幸福を支えるコミュニティです。
いま、大人に「チーム」が必要な理由:
- 働く世代の5人に1人が孤独を感じている時代
- 孤独は喫煙に匹敵する健康リスクをもたらす
- スポーツ参加者の7割以上が精神的な充実感を実感
- 共通の目標を持つ仲間との継続的なつながりが幸福度を高める
- 部活動の地域移行が、子どもから大人まで途切れないコミュニティへの道を開く
地域移行が描く未来:
- 学校の部活動から地域クラブへのシームレスな移行
- 子どもから大人まで、多世代が同じ場で活動する文化の形成
- 「引退して終わり」ではなく、生涯を通じてスポーツ・文化活動に親しむ社会
「何か新しいことを始めたい」──その気持ちは、より豊かな人生への第一歩です。
学生時代の部活動がそうであったように、大人のクラブ活動も、あなたの人生にかけがえのない仲間とつながりをもたらしてくれるはずです。
参考資料:
- 孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和5年実施)|内閣府
- 孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和6年実施)|内閣府
- 令和6年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」|スポーツ庁
- 令和5年度 スポーツが健康にもたらす効果等のエビデンスに関する調査研究|スポーツ庁
- 令和5年度 総合型地域スポーツクラブ育成状況調査|スポーツ庁
- 生涯学習に関する世論調査(令和4年7月調査)|内閣府
- Our Epidemic of Loneliness and Isolation(2023)|U.S. Surgeon General
- Harvard Study of Adult Development|Harvard Medical School
- 部活動改革ポータルサイト|スポーツ庁
- 運動部活動の在り方に関する調査研究報告書(平成25年5月)|文部科学省